他人を不幸へと導く忌まわしき存在、自己充足できない“エセ美人”

「美人は得か損か?」

私は子どもの頃から常々、「美人は損だろう」と思っていました。「同性には妬まれるし、異性からモテすぎてストーカーにつけ狙われる可能性も高そうだ」

事実、子どもの頃は、美人な妹が、美人とほど遠い姉や、友人から妬まれ、虐められるという少女マンガをよく読みました。

読んだあとには、「こんな目に遭うくらいなら、私、美人じゃなくて全然いいや」と安堵のため息を漏らしたものです。

実際のところ、美人は得なのか、損なのか。それを実に真面目に、経済学の権威が20年に渡る研究成果をまとめあげた、という本が話題になりました。タイトルには「美貌格差」なる身も蓋もないコトバが…。

その本によれば、美人というのは、美人でない人より、生涯賃金が2,700万円も高いという結果が出たのだとか。

「美人は絶対に損であって欲しい…」はそうでない女性からの切なる願い。実際には美人であるということは、かなりのお得。

しかし、今現在、「キレイに、可愛く」魅せることはメイクやファッションである程度可能ですし、高い代価を払えば、顔の造作、ボディラインにしても自分の理想形にいくらでも近づけることは可能です。

「美人になって得をしたい!」人にとって、お金さえあれば、いくらでも美人はつくれてしまう時代なのです。

そうやって、外見を理想型に近づけて“美人”を手に入れたところで、それを上手に活かすことのできない“エセ美人”がこの世にはたくさんいるようです。

他から秀でたかわいらしさ、美しさというものは、人の評価を“甘く”しがちです。

「このコ、かわいいから奢っちゃおう。おまけしてあげよう」という心理が自然と異性に働くものなのです。

そうした人からの好意を感謝して素直に受け取れるのが“美人”だと私は思います。

“エセ美人”は、そこで疑念を抱してしまうのです。「ライバルの○○ちゃんはもしかしたら私よりよっぽど高いもの奢ってもらってるんじゃないかしら?」「この人、私のことを軽く見ているかもしれない」などと…。

“エセ美人”は自分の美しさにはそこそこ自信があります。自分より美しくない人を見下したりすることで得た、実にうすっぺらい自信です。

周囲の人には、「私ってこんなにスゴイのよ、モテるのよ」ということをあからさまにアピールしたりします。そうやって四六時中自慢していないとうすっぺらい自信が保てないからです。

そういう“エセ美人”の自己アピールに騙されて、「なんてイイ女だ」などと鼻を伸ばすような、おめでたい単純な男性も少なくはないですが、聡明な人ならば、そうした“エセ美人”をすぐに見抜きます。

適当にあしらわれてしまうのがオチでしょう。そこで自分の“エセ美人”ぶりに気づけばよいのですが、そうはならないのが哀しいところ。

自分よりちやほやされているように見える“美人”を妬み、あることないこと周囲に吹聴してみたり、意地悪したりしてしまう…。

“エセ美人”って他人を不幸に導く、つくづくハタ迷惑な存在なのです。さらに言えば、自分もちっともシアワセではないのです。

“エセ”が本当の“シアワセ美人”になるのは簡単。きちんと自己充足ができるようになればいいのです。

好意を素直に受ける、他人といちいち比べない、今、自分の置かれた状況に感謝する…。

それだけで、あなたの心持ちは変わってきます。その心の有り様は、心の鏡となる表情に如実に表れてくることでしょう。

あなたの言動、行動は美しく磨かれていき、必ずや多くの人を惹きつけることになります。