“喜怒哀楽”表現豊かなオンナこそ無敵!感情を解放するレッスン

海外のニュース映像を見て、泣いたり喚いたり怒鳴ったり感情表現の激しい国民性に戸惑ってしまうのが我ら日本人。

「小さな子じゃあるまいし。公衆の面前で感情を顕わにするなんてみっともない」そうおっしゃるのはごもっとも。場にそぐわないオーバーな感情表出は、周囲の人を当惑させがちです。

冠婚葬祭、成績発表の表彰式、…こうした場で、集まった人をしらけさせたり、心をおもんぱからない言動や行動は極力慎まなければなりません。

子どもだからできない、大人だからできる、ということでもなく、人を愛おしみ、その心を汲むことは、年齢に関係なく、普通にできる人と、そうでない人に分かれます。

違いはなにかと考えたとき、ひとつに「想像力」が挙げられると思います。人の思いを察知できない人には想像力が欠けているのです。

先日、とある学生対象のコンテストに行きました。素晴らしい成績を修めた学生がいたのですが、残念だったのは、その学生の名前が呼ばれた途端、悲鳴に近い歓声が保護者から上がったこと。

思うような成績に到達できず泣いて悔しがる学生もいる中で、大はしゃぎで記念撮影をし、騒ぎまくる保護者は周囲の顰蹙を買っていました。

優勝者であるお子さんが気の毒にすら思えたものです。これもまた、想像力の欠如からいたったことでしょう。

しかしながら、まったく感情を表に出さないクールビューティに、人が親しみや魅力を感じないのは確かです。

先ほどの優勝者の保護者とは反対とも思えるケースですが、こちらは優劣を競わない発表の場で、ステージ上で行われるパフォーマンスに対し、実にムッツリと興味なさげに振る舞っている人です。

どうしてその場にいらっしゃったのでしょう?しかも、出演者がよく見える、出演者からもよく見える特等席で。ただのおつきあいで観にいらしたのでしょうか。

常々ステージというものは観客と一緒につくりあげていくものだ、という強い思いが私にはあります。ですから、舞台鑑賞しながら、そのように無関心な態度を取るのはマナー違反の気がしてなりません。

だからと言って、張り付いたようなつくり笑顔で観る必要はないのです。そのような態度は嘲笑と勘違いされ、むしろ失礼に当たります。

興味がないステージでも、とにかく観察する。そうすれば何かが見えてくる。なんがしかの感情が湧いてくるはずなのです。

この衣装面白いな!この子、笑顔が弾けているな!ちょっと躓いちゃったみたいだ、大丈夫かな…。というように。

じっくりと舞台を観ていれば、発見や驚きはいくらでもあるでしょう。そのときの感情の表出を大切にして欲しいのです。

喜怒哀楽の表現が素直でイヤミのない女性というのは、多くの人から好感を持たれるものです。

相手の気に入るようにヨイショするのではなく、先ほどのステージ鑑賞のように、身のうちから自然に沸き上がってきた感情を大事にする。そのためには想像力と観察眼が不可欠です。

潤滑なコミュニケーションをはかるためには、まず相手に興味を持ち、相手の提示した話題に共感を抱くことが大事。

興味が持てない、共感できないと思った場合は、相手を観察することです。喋り方、仕草、表情…。じっくり観ていると純粋に面白いものですし、会話が弾む糸口も見つかること請け合いです。

豊かな感情表現へのキーポイントとなるのは、相手との交流によって、自分の中から引き出される素直な感情を大切にすること。無敵の感情表現美人になってください!